日本の記事:中南米のKpop ブームとキムヒョンジュン
- 2018/01/08(Mon) -
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写真 credit: 아리 ♥
@a_ri_sss_a 様 

Gallery に Kpop の中南米での大ブームについて日本の記事が翻訳されて
紹介されていました。 日本語のオリジナルにキムヒョンジュン
が果たした役割を評価する文章があります♬ 

あ、今日9日は2時から刑事訴訟公判があります。 それまでは昨日の余韻に
浸っています^^ 

credit:  real soul 

BLACKPINKなぜ全世界でヒット? K-POPと中南米の関係が示す、
日本のアイドル市場の閉鎖性


2017.06.29
 韓国の四人組のガールズグループ BLACKPINKの新曲「最後のように
(AS IF IT’S YOUR LAST)」が、18カ国のiTunesグローバルシングルチャート
で1位をゲットした。アジア地域はもちろんだが、それ以外だと中南米諸国
での躍進が目立つ。アルゼンチン、グアテマラ、ホンジュラス、ペルー、
コスタリカで1位をとり、コロンビアで2位、チリ、メキシコでも4位だった。
ちなみに日本では2位である(6月23日時点)。彼女たちのMVの再生数は
K-POPの歴史の中でも最速に近く、6月22日公開5日ほどで3千万再生数を
遥かに超えている。

BLACKPINK『SQUARE ONE』
 しかも彼女たちはデビューしてからわずか1年ほどである。まもなく
日本でも武道館(!)で単独のプレミアム・ショーケースを開催する
予定だ。さらに男性アイドルの方をみると、最近日本のワイドショー
や音楽番組にも登場した防弾少年団もまたBLACKPINKと同様に、
中南米で人気が高い。今年の春に全米大陸をめぐるツアーを行い、
特にチリとブラジルでは熱狂的なファンに迎えられた。報道によると
現地のテレビ局が、彼らの空港の到着を生放送で流したほどだという。
これは日本でも過去に韓流ドラマの主役級俳優が成田空港などに
到着したときにみられた過熱報道と同じ現象だ。

 BLACKPINKや防弾少年団だけではない。K-POPの若手から人気
メンバーまで、多くの歌手が中南米にツアーなどで訪れたり、また
は現地で熱狂的なファンを生み出している。J-POPの中南米での
受容のされ方からすると格段の差をつけられているといっていい。
日本の女性アイドル BABYMETALは、ブラジルの著名ユーチューバー
にとりあげられ猛烈な反応を引き起こし、また現地のヒットチャート
で上位をゲットしたこともある。だが、K-POPほどの勢いは、
一般的に日本勢には見られない。

 韓流ドラマやK-POPが中南米など世界で根強い支持をうけている
と書くと、筆者のまわりではきまって韓国の政府の支援があるためで
はないか、と指摘する人が出てくる。だが、中南米市場でのK-POPの
人気は、“草の根”で起きたブームだ。ラテンアメリカでのK-POPの
人気を分析すると、J-POPや日本の男女アイドルがなぜ中南米だけで
はなく世界の市場に阻まれているのか、その理由の一端がわかる。

 K-POPがラテンアメリカ市場で受け入れられた要因を、ニューヨーク
大学のジュンボン・チェ助教授は、主に三つの観点から指摘している
(※注1)。ひとつは、21世紀に入ってからの南米における韓流ドラマ
のブームである。日本でも『冬のソナタ』の大ヒットが主因となり、
同様の韓流ブームが起きた。だが、南米でのブームは日本とは異なる
性格をもっていた。日本では中高年の女性がブームの主導権を握って
いたが、南米では若年層から中年にかけての女性層に人気であった
(注2)。そしてこれは日本でも同様だったのだが、韓流ドラマを
中心にして、南米の女性たちが韓国語や韓国の文化(音楽、ファッション、
料理、ライフスタイルなど)に興味を持ったことが大きい。

 つまり韓流ドラマを通じて、K-POP受け入れの下準備ができていたのだ。
チェ助教授は特に、『花より男子』(韓国版)でのキム・ヒョンジュン
(SS501のメンバー)が人気を得たのが大きいという。キム・ヒョンジュンは、
K-POP、韓流ドラマ、そして韓国映画やテレビのバラエティ番組をマルチ
に活躍していた。日本でいえばSMAPや嵐などのジャニーズ系のアイドルと
同じだ。いわば彼を通じて、韓国文化のパッケージ商品を消費すること
に南米のファンたちが慣れたということだろう。


 このように韓流ドラマがK-POPなどの韓国文化への関心を促すという現象を、
私は“ドラマ外部性”と名付けたいと思う。これはかつて日本がアメリカの
文化を受容するうえで、『奥さまは魔女』『名犬ラッシー』などの米国
ドラマを消費し、そこに描かれたライフスタイルや文化現象に影響をう
けていたのと同じものだろう。

 ふたつ目の要因として、チェ助教授が指摘しているのが、日本の
ポップカルチャーの中南米における人気をあげていることだ。
日本のマンガやアニメ、ゲームそしてトレーディングカードなど
はアメリカ大陸全域で人気がある。例えば、ブラジルの膨大な人数の
K-POPファンたちが、そもそもBoAや東方神起といった南米ブーム
の先駆者たちを知ったのは、日本での高い評判がきっかけであった、
とチェ助教授は紹介している。もちろんこの背景には、インターネット
やSNSの普及があるのは言うまでもない。チェ助教授は特に指摘して
はいないのだが、ここで注目すべきは、なぜ日本の文化への関心が、
J-POPやアイドルたちに行かずに、K-POPのみに行ったかである。
この点は最後にふれたい。

 チェ助教授が3番目にあげた南米でのK-POPブームの主因は、草の
根レベルでの人気の獲得である。南米諸国と韓国はお互いに地球の
裏側に位置している。南米のファンたちは簡単に韓国に行って、
K-POPのスターたちのライブやイベントに参加するには経済的な
ハードルがとても高い。もちろんこの地理的な距離は、インターネット
やSNSなどの普及でかなり解消されている。例えば、冒頭に紹介した
BLACKPINKや防弾少年団の最新の映像を、南米の人たちはほぼ追加的
費用ゼロでYouTubeなどで見ることができる。特に韓国の音楽番組は、
現地での放送後、ほとんど時間をおかずに全編をYouTube上に惜しげ
もなくアップする。このインターネットというネットワークを通じて、
特定の文化現象が世界的に流布していく現象を、経済学的には“ネット
ワーク外部性”という。ネットワーク外部性は、財やサービスのネット
ワークによる生産や分配だけではなく、文化的現象やまた“思想”さえ
も世界中に伝播していく(藪下史郎『スティグリッツの経済学
「見えざる手」など存在しない』東洋経済新報社、2013年)。

 このネットワーク外部性によって、南米のK-POPファンが生み出し
たのが、ダンスのカバーだ。いわば南米版“K-POP踊ってみた”の
一大ブームである。
いまも毎日のように、南米のファンたちは自身の
カバーダンスを動画サイトなどにアップしている。またファンベース
のカバーダンスフェスなども多く開催されている。韓国の政府などが
自国文化の振興として大がかりなK-POPカバーダンスの競技会などを
行うこともあるが、むしろ南米では動画サイトの活用なども含めて
あくまで草の根での波及が大きい。これがK-POPの南米ブームを
支える大きな要因であることは間違いない。いわばライブを容易
にみることができないために、二次創作物がその代替をしている
ということだ。
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[翻訳]韓国雑誌BODA2011 Style Icon Award③
- 2017/09/14(Thu) -
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2011年秋 Style Icon 受賞式に参加、アートマテックと車を降りてすぐダンス
パフォーマンスに入るキムヒョンジュンです。 凄くダンデイ―でした☆ 

インタビューじゃない記事を読んで下さって有難うございます。 一人の
記者がキムヒョンジュンのアイドル時代からソロへの変貌をよくとらえて
書いてくれているものなので、是非読んでいただきたかったものです。



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 このように、キムヒョンジュンは人々の予想とは異なり、第二のペヨンジュン
になる為の歩みではなく、第一のキムヒョンジュンになる為の歩みを意欲的に、
繰り広げている最中である。 <私達結婚しました> を通じて、いの一番に
アピールした音楽的願望をソロ歌手として本格的に実現し、ペヨンジュンとは
確実に差別化された独自の道を歩んでいる。 これは、まるでキムヒョンジュンの
< 俺はキムヒョンジュンだ!> 宣言のように見える。 実際にキムヒョンジュンは
誰の影も必要なく、誰の後継者になる必要もなく、 本人そのものだけで、いくら
でも韓流スターとして成功街道を走る事ができる事を、満天下に確認させてくれて
いる。 
 
 6月に MBC  <膝うち導師> (* カンホドンさん司会のバラエテイ、黄金漁場
という番組の中のパート、芸能人の悩みにカンホドンが答えを出すみたいな番組
でした。 ソロになってすぐ出演したもの)を訪れたキムヒョンジュンは 
< 自分の全ては泡のようだ > という悩みを打ち明けた。 同時に、<自分
が考えるキムヒョンジュンより、より大きく見られているようだ。 世論で
あまり過大包装してくれるようだ > という正直な本音も明かした。 このように
悩む事実自体がキムヒョンジュンが 第二のペヨンジュンになる考えがない事を
明確にしていると見てとれる。 キムヒョンジュンが、本当に泡だというなら 
安全であるペヨンジュンの影で十分に満足するであろうからだ。 反面 キムヒョンジュン
はペヨンジュンの影から抜け出て、自分自身の道を自ら開拓している。 ペヨンジュン
という後ろだての七光りを享受するのが難しい、ソロとして歌手活動がすなわち
その第一歩である事から明らかだ。 

 勿論、キムヒョンジュンが行こうとする道はペヨンジュンの影の下にいた時より
遙かに難しく、苦労が多い道になるしかない。 しかし、自らチャレンジし、
経験し、勝利する道は他人が平らにならしておいた道を歩くより遙かに遣り甲斐が
大きくなるしかない。 それから その過程において、もしキムヒョンジュンの
中に泡があったとしたら、それは全て本物として満たされるようになるという事だ。 
ご存じのように、数百回、槌で打たれなければ堅固な刀になる事はない。 
キムヒョンジュンは今、自らの焼き入れ作業を始めたのだ。 そのような焼き入れ
過程が全て終わる時、人々は誰の後継者だとか、第二の誰とかではない、単に
キムヒョンジュンとして認め、賛辞を送るようになるだろうと信じて疑わない.
 
                                        :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

   *  ふと思いました。 この素敵な記事を書いて下さった記者の方が、事件に
巻き込まれたヒョンジュン君の事を今どう見ていらっしゃるのか、そして全てが
解決した後で、また このように期待を込めて記事を書いて下さるだろうかと... 

   なお、黄金漁場について

  この時の内容を書いている過去記事も添えておきます。 海外ペンさんが
韓国語ー英語に字幕つけてくれたものを、日本語にしたものです。 

 黄金漁場で語った事 その① 

 黄金漁場で語った事 その② 

 黄金漁場で語った事 その③

   これは、もしまだ読んだ事がない方は、是非是非、どんなことを語っていた
のか、読んで頂きたい内容です。 



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オープニングイベントの性格を一度に見せてくれる重要なパートだ。 
人間も初印象が重要であるように、イベントも同じだという事だ。 
今回 2011年のスターである アイコン アワーズのオープニングを
キムヒョンジュンが任される事になった。 スターであるという事は自身の
信念のままに生きていく事だと規定するなら、進化するアイドルという
新しいパラダイム (理論の枠組み)を提示し、遅くても慎重に
変わっていくキムヒョンジュンこそ、オープニングを飾る最適なスター
だったという事だ。 新曲 < Do you like that >
と < Lucky Guy > に合わせ、野外からステージに
あがっていくまで、その日、現場であった事を見て行く事にしよう...

 編集者 Kwon Yu Sun   写真 Oh in Hwan  写真提供 CJ E & M 


111103 김현중(Kim Hyun Joong) - Do You Like That @ 2011 Style Icon Awards

hollis♡hyun さま 

 まさに、ヒョンジュン君がソロ歌手として快進撃をしている時代と言えるでしょう。 

 そして今は、その次の快進撃の準備中って思っていたらいいですよね^^ 

 
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「翻訳] 韓国雑誌 BODA 2011 Style Icon Award ② 
- 2017/09/07(Thu) -
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 今日は、初めて生でキムヒョンジュンという人に逢って、8年経過、9年目に
なる日でした。 前回 横浜 Pacific に行った時、ロビーでパネルがあった場所を
懐かしく眺めてしまいました。 今日 twitter で見て目に留まったの言葉は
コンサートに行く回数が多いと幸福感がアップすると... 

 確かに! 特にキムヒョンジュンのライブの面白さは他には代りがありません
ね^^ 8年前の夜、みなとみらい線の中で、どれだけ 浮き立つ気持ちで
一人口元がゆるみっぱなしだった事を思い出します。 

              :::::::::::

 翻訳続き.... インタビューのある記事を先に訳せばよかったかもしれないと気が
つきました💦 が、これはこれで キムヒョンジュンをすごく評価してくれている
記事なので、最後までお付き合いくださいませ。 

 < ジフ病 > はキムヒョンジュンのファン層の幅や深さを大きく広げた
だけでなく、キムヒョンジュンを第二のペヨンジュンとして強力に台頭させた。 
花より男子とジフ病が日本を始めてとした海外で熱い反応を呼び起こすや、
韓流皇帝 <ヨン様> ペヨンジュンを継ぐ後継者としてキムヒョンジュンが
最適の人物として浮上したのだ。 キムヒョンジュンは SS501 活動を通じて
既に日本に進出した状態であり、なおさら ぴったり適役だった。 同じような
期待はキムヒョンジュンが所属社を移籍し、ペヨンジュンと一緒に実際に
実現するように見えた。 しかし、キムヒョンジュンは第二のペヨンジュンに
なる事を望まなかった。 ペヨンジュンの日陰で成長し、第二のペヨンジュンに
なるよりは、第一のキムヒョンジュンになる事を選択したのだった。 

 それに従い、キムヒョンジュンは 2011年にソロアルバムを二枚、たて続きに
発表し、自分だけの独自の歩みに踏み出した。 ハントチャート(韓国の音楽
チャート、オリコンのような)を基準に6月にリリースしたソロミニアルバム
一集である Break Down は一般版と限定版を全て合わせ、10万枚を上回る
売り上げであり、10月にリリースしたソロ ミニアルバム2集、Lucky も
10万枚を超えるのは確実になっている。 今年 キムヒョンジュンが2枚の
ミニアルバムを通して治めた成果は  Super Junior と Big Bang に続いて
アルバム販売順位 3位に該当するほど素晴らしい実績だ。 さらに
リリースされたアルバムごとにアルバム販売量が10万枚を超えるケースは
キムヒョンジュンただ一人だ。 同時に地上波で合計3回、Cable TV で合計
2回の一位を占め、ソロ歌手としても トップクラスのポジションを確実に
なものにした。

 国内では発表した2枚のソロミニアルバムは日本でもよい反応を受けた。 
2枚のアルバム全てオリコンの輸入アルバム部門で Weekly 一位を占めた。
これと同じく、日本のファンの反応に応えるためにキムヒョンジュンは大阪
を皮切りに札幌、仙台、広島、横浜、名古屋、東京、福岡などでファンミ
ツアーを進行している。 日本の8都市で、合計11回の公演を行い
3万名の観衆を動員する予定の大型ファンミツアーである。 キムヒョンジュン
ベストツアー 2011 Japan というタイトルで進行されているファンミ
ツアーは、来年1月に正式に日本でソロアルバムを発表する予定である
キムヒョンジュンにとって、日本活動の重要なステップであるのは明らかだ。

 公演文化が活性化している日本では、大韓民国のような放送を忠心と
した広報活動より、公演を通してファンダム形成が非常に重要だ
。発表する
シングルごとに100万枚を超えて売り上げる、日本の最高のアイドル
AKB48は、最初から専用公演会場が存在するだけでなく、常時 公演が
開かれている。 国内の芸能企画会社の中で、日本の市場に最も明るい
SM Entertainment が少女時代の日本活動を放送宣伝より、公演を忠心に
した理由は、ここにある。 そのような面で見ると、来年1月ソロ歌手として
二本での正式デビューを控え、二本の8都市をまわるファンミツアーを先に
進行するキムヒョンジュンの歩みは非常に効果的であり、効率的な戦略
でないはずがない。 ファンミツアーの成功がソロ歌手としての成功を保証して
くれるからである。 

 .... 続く 

            :::::::::::::::


 移籍した当時は俳優、歌手 50%の比率になるような話がありましたが、
ヒョンジュン君自身が、日本活動の中で、歌手としての存在により自分の
アイデンテイテイを感じて行きつつ、歌手中心の活動になっていったように
感じます。 他のインタビューでも、誰かに似ている存在ではなく、ユニーク
な存在、誰にも似ていないキムヒョンジュンとしてありたい.. そんなことを
語っていたと思います。  世の中の期待、大2の.... は韓流ドラマを牽引
する俳優としてのイメージだったのかもしれないですね。 

 公演活動中心の日本の歌手活動が、より歌手としての自分に目覚めるきっかに
なった...  ファンにとっても 嬉しい指摘です。 

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[翻訳] 韓国雑誌 BODA 2011 Style Icon Award ① 
- 2017/09/04(Mon) -
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credit: BODA December 2011 Vog. 6

 ソロになって本格的歌手活動を始めた 2011年は韓国国内でテレビには沢山出演して
います。 ちょうどHenecia 初イベント ご招待ステージ終わってホテルに急いで
帰ってみた トンバンのユノと一緒に出演した強心臓がまた DATV で放送される
ようです。 タイトルは <お帰り東方神起>なんですけどね..💦 その頃の出演番組
はもうなくなってしまった新大久保プラザで字幕なしのDVDを売っていてかなり
買い集めてました。 雑誌にも大量ページで掲載があり、この雑誌も秋のLucky Guy 
アルバムプロモの頃に、ソウルに普通の観光旅行して Mnet 出演はホテルで見て
帰国する時に空港で、ハングル全然読めないのに購入してもっていたものです。 

 20代の投票で決まる Mnet Style Icon で受賞した時、10ページを超えるカバー
があり、その中で歌、演技、キムヒョンジュンの才能、魅力についてかなり突っ込んだ
内容の記事があります。 記者自身が書いている、アイドル時代からユンジフまでの
過程についてキムヒョンジュンを観察してきた所感から始まり、それがとても共感でき
るので、ご紹介したいと思います。 

         ::::::::::::::::

 < 나는 제 2의 배용준이 아닌 김현중이다  > 

雑誌タイトル: 俺は第二のペヨンジュンではなく、キムヒョンジュンだ

2005年 SS501 が タイトル曲<警告>を引っ提げてデビューした時でも
キムヒョンジュンはただイケメン アイドルに過ぎなかった。 デビュー当時でも
キムヒョンジュンは <歩く彫刻> と言う意味のコルジョというニックネーム
が生まれるほどルックスがダントツ圧倒的であったが、どことなく芸能の素質
才能が不足して見えた。 しかし SS501 の活動の合間あいまに撮影したバラエテイ
番組を通して、キムヒョンジュンは徐々に自分自身だけのセンス、ユーモア感覚を
見せ始めた。 それは 間もなくして <4次元> というニックネームを
つけられたキムヒョンジュンだけの魅力として仮装結婚番組 <私達、結婚
しました > を通じて大衆に強烈にアピールされる事となった。 

 <私達 結婚しました > に出演したキムヒョンジュンは視聴者に二つの
驚くべき点を見せた。 第一は単純なイケメンアイドルとばかり思っていたのに
ギターのコレクションが趣味であるだけでなく、演奏まで可能だという点だった。

これを通じて、キムヒョンジュンはアイドルに関する一般的な固定観念とは
違って、音楽に対する姿勢が真摯であるという事実を視聴者に効果的にアピール
する事ができた。 二番目は、4次元というニックネームを付けられるほど
個性が溢れ、独特なキムヒョンジュンだけのセンス、ユーモア感覚だった。 
実は、<私達結婚しました> で年上女、年下男 ( 연상녀  - 연하남 
ヨンサンニョーヨナナム ) カップルとしてファンボーキムヒョンジュンが
出演するという事実が最初知られる時までも、大部分の人はファンボが
主導するカップルになると予想した。 しかし、いざ放送が始まってみると
正反対の現象が展開した。 キムヒョンジュンが先輩で、年上であるファンボ
をリードし、放送を面白くしたのだ。 このように、<私達 結婚しました>
によってキムヒョンジュンは 再発見された。 


 キムヒョンジュンの全盛期は <私達 結婚しました >以後に撮影した
ドラマ < 花より男子 > を通じて本格的な始りを迎えた。 2009年
大きな成功をおさめた <花より男子> で ユンジフというキャラクターを
まるで原作マンガから今飛び出してきたように、消化したおかげだった。 
実際、ユンジフというキャラクターを通してキムヒョンジュンが視聴者に
大きくアピールする事ができた理由はずば抜けた演技力を見せたためでは
なかった。 演技力が未熟なのは事実であったが、キムヒョンジュンが自分の
未熟さを認識しており、たゆまず努力する姿勢が < ジフ病い > という
現象まで作り出したのだった。 < ジフ病い > は大韓民国のドラマ
歴史を通じて初めてドラマの登場人物に視聴者が積極的に反応と熱狂を
表したファンダム現象だった。 もし、<ジフ病い> がなかったなら 
大韓民国を騒がせた < コス 病 い > < ジュウオン病い> 
< トッコジン 病い > 等も発生する事はなかったであろう。

 * トッコジンだけは分かりました^^ ヒョンジュン君もソロデビュー
当時、このドラマを熱心に見ていたと語って、トッコジンのモノマネまで
してみせていたので。 
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 普通の芸能記事を書いている記者と違って、一応 音楽芸能の雑誌記者
なので、真っ直ぐきちんとした観察力で見守ってきてくれたからこそ
書ける内容だと思います。 日本ではここまで深く掘り下げて書いてくれる
ところはないですよね... 

    秋の夜長にふさわしいので、翻訳続きます。 

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今の仕事がどれだけ好きか、改めて考えさせられた
- 2017/08/25(Fri) -
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credit:  Kstyle 

 もう既にtwitter にあふれたこの K style interview を読まれた方が沢山だと
思いますが、まだの方は上の Kstyle のリンクに飛んで読んでくださいね。 

 今日は、公益勤務を終了される韓流スターがファンにどんな挨拶をするのか
と、サムスン電子副会長の裁判結果をチェックしていたのですが、意外や意外
ヒョンジュン君のインタビューで twitter 大賑わいでした。

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皆さんの愛に答えられることは何なのか、たくさん考えています

――久しぶりにステージ立った瞬間の気持ちを教えてください。

キム・ヒョンジュン:僕がステージに立つことの意味を改めて感じましたね。
僕がステージをどれだけ愛していて、生涯続けていきたい仕事だということを
再確認した瞬間でした。そしてファンのみなさんは僕をこんなにも愛してくれ
ているんだな。また、僕もそれに負けないくらいファンを愛しているんだなと
感じました。その愛に答えられるように、これからどうやってファンを楽しま
せていこうかということを今たくさん考えています。

 もう沢山応えてくれているんだけど.. (* ちなみに 愛に答えるって
どういう意味なんでしょう? 応えるじゃなくて? )インタビューの
一番うれしかった部分に、野暮を承知で突っ込みしてみました。 

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 もう十分 言葉を尽くして率直な気持ちを伝えてくれたから、あとは
元気でやりたい仕事ができるようになったら、ファンは一番嬉しいんですが..

 でも、体調管理を含め、やっぱり少し大人になっている事、プロとして
長くやっていくために必要な事をちゃんと考えているのを読んで安堵しま
した。 忙しいツアー中にも、社会人として大人のお付き合いもこなして
偉いわ..

    変な圧力や影響を受けないで裁判が無事に早く終結してほしいです。
やはり... もっともらしい事は語られても、時の政府の影響を受ける韓国の
司法は信用できない... と感じました。 

    そして....... こんな非常事態が続く今、これから入隊していくのではなく
て除隊していることも有難いです。 

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