FC2ブログ
今日の散歩 ⑱ 南北朝鮮の成り立ち
- 2019/08/16(Fri) -
 *びっくりしました。前回ご紹介の宮脇氏の著書、アマゾンに新刊がなく、楽天で再入荷依頼
しておいたのですが、再入荷のお知らせにクリックしにいったら、売り切れでした。関心ある
方々が世の中にいらっしゃるという事が逆に嬉しくなりました。図書館では普通おいてあると
思うので、ご興味のある方は図書館へ!


   前記事に続いて、宮脇氏の<悲しい歴史の国の韓国人>から引用します。
 
 朝鮮半島に日本の歴史を投影する誤りを犯した日本人

 高麗や李氏朝鮮はどういう国あるいは地域だったのか。 それに答えるまえに、そもそもコリアン
民族だと言っている朝鮮、韓国人とはどういう人達のことだったかを説明する必要があります。 

 朝鮮という名前、韓という名前も古い時代からある言葉です。シナの文献にも古来から朝鮮や韓が
あったと書かれている。しかし、それはあくまでもひとつの地域の民族的集団であって、現在のように
国境があり、そのなかにいた人々が朝鮮人、韓国人だったわけではありません。 

 ところが、日本人は日本列島のなかで国号を日本と名乗って以降、ずっと移動しないで日本人であり
続けたので、大陸の歴史を見るときも、いつも日本の在り方を投影して理解しようとします。だから
朝鮮半島には昔から朝鮮人が住んでいたと日本人は考えがちですが、それはあくまでも日本を朝鮮半島
に投影した幻想にすぎないのです。 ここを理解せずに誤解したために、明治維新のあと、日本の
シナ大陸と朝鮮半島に対する政策を間違えたのです。 

 南北朝鮮の本来の境界線は39度線にあった

 そもそも、元朝によるモンゴル支配時代には高麗はほぼ39度線以南に位置していました。いま
の北朝鮮と韓国の国境、38度線よりやや北に自然境界があったのです。1953年にアメリカを主体
とする国連軍と中国・朝鮮の間で朝鮮戦争の休戦協定を締結するときに、本当はそこで線引きしな
ければならなかったのに、アメリカがアジアのことを全く理解していなかったために38度線が
南北の境界線になってしまったのです。 

 39度線以北は元朝時代、モンゴルの直轄地でした。山が多く、農業には向かない土地柄。
旧満州、沿海州とよく似た風土が続いていて、狩猟、採集で生活する人々が住む地域でした。
北朝鮮は気候が寒冷、雨が降らず地味が悪い。だから日韓併合時代、日本は北部に大規模なダム
を作って、当時世界トップクラスの水力発電所を整備、この電力で工業地帯にしたのです。
(現在でも、このダムや工場を北朝鮮は使っていますが、その時代は北のほうが豊か
だったのです)一方、南部は山に植林し、農地改革をして、田畑を整備、農業で成功させるよう
にはからいました)だから、日本の敗戦後、金日成は工場地帯はすべて北にあって、南には
農業しかなくて、近代化されていないから、すぐに南を制圧できると考えたのです。


モンゴル支配下の高麗
この記事のURL | 韓国を知る旅 & 韓国ドラマ | Comment(0) | ▲ top
| メイン | 次ページ