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今日の散歩 ⑰-中国、韓国に歴史の通史はないという事実 
- 2019/08/15(Thu) -
悲しい歴史の国の韓国人

 (2014年12月31日発行) 

 前回書いた李氏朝鮮末期で書いた閔妃殺害に関して、新たな事実が分かりました。 
宮脇淳子氏はモンゴルの研究家です。 この本は、中国、朝鮮半島の民族の興亡
(*国家の興亡ではありません)を実に分かりやすく解き明かしてくれるのです。 

                ::::::::::::

 
まず、閔妃殺害事件で分かった真実について著書から引用します。

 - 大院君(テウオンクン)、舅を中国に追放し、国政に関心をもたなかった国王、
高宗にかわって閔妃が実権を握り、一族で宮中を牛耳っていたことが事件の発端です。
閔妃は、日本から派遣された領事、外交官達が、出自が下層階級武士だったため
彼等を嫌っていました。 一方ロシアは貴族階級から外交官を派遣。閔妃と舅の大院君
の権力争いで日本は朝鮮半島の政治に巻き込まれていくのですが...1895年10月、赴任
したばかりの三浦悟楼(ごろう)公使が部下と王宮に入って閔妃を殺害と言われてきた
この事件、教科書に載っている写真が偽物だったことが最近明らかになりました。
これは日本にとって重要な事実です。
偽の閔妃

 何故なら、公使の配下の者はこの閔妃の写真を手にして王宮に侵入し、王妃を探して殺害と
言われているのです。 ところが、背景が映りこんだ同じ人物の同じ写真が見つかり、妓生
や楽隊など下層階級を撮る写真館で撮られたものだったということが、絨毯や置物の比較から
分かったのです。 

 そもそも王宮には3000人からの女官がいて、服を交換して誰かが身代わりになれば絶対分かり
ません (実際に謁見したことがなければ閔妃の顔を知るのはたったの写真一枚) にも
拘わらず、閔妃以外の女官は誰一人殺されていません。つまり、実行犯は閔妃の顔を知っている
人物だったということ、そうなれば犯人は大院君に決まっています (一緒に王宮にのりこんだ
ので) 

 結局、閔妃殺害は、大院君と閔妃の権力闘争に日本が乗せられたということです。 

 *どこまでも卑劣だなと思いますが、宮脇氏が語る、モンゴルから見渡したアジアの平原に
繰り広げられた民族の興亡、そして高麗という李氏朝鮮の前の王朝は何人であったか?
読み解いていくと、反日の根深い思想が腹落ちするようです。
著書の中で印象深い言葉 

 建国神話がフィクションだから南も北も反日競争するしかない 
 韓国は独立戦争で勝ち取られた国ではないために、国家の正統性がありません。そこで嘘の
 <歴史認識>をねつ造して自らをだまし続け、日本にもそれを認めさせようとやっきになる
 のです。北朝鮮も韓国も、日本と闘って植民地支配を脱却して独立したというフィクションの建国
 神話で成り立っています。北朝鮮と韓国はどちらがより反日かによって正統性を競い会う構図に
 なっているのです。それはウソを競いあっているのと同じです。よりウソをついたほうが正統という
 おかしなゲームのルールで両国は競争しているのです。 

朝鮮半島だけで歴史が成立したことは一度もない

 
朝鮮半島だけで歴史が成り立った時代は一度もなく、常にその領域も支配層も入れ替わってきたと
いうのが朝鮮半島の歴史の真実です。李氏朝鮮の時代になってからシナに朝貢して属国として支配
されたわけではなく、その前の高麗はモンゴルの支配下にあったのです。いまの北朝鮮の国土のほ
とんどは当時モンゴルの直接統治下にあって
、国の領域は半分になっていたのです。しかもモンゴルの
直接統治下に入った高麗人は、独立国として残った高麗人よりも自分たちが元朝の宮廷に近いといって
威張り、二種類の高麗人となっていたのです。 

 高麗の前は、高句麗、百済、新羅の三国時代。 高句麗は北方騎馬民族だったので一番軍事力が
強く、北は現在のハルピン周辺から南は百済まで侵入しています。半島は大陸と陸つながり、天然の
要害もない平な土地なので、常に近隣の大国の侵略、支配を受ける歴史が続いたのです。決して
朝鮮史(通史)が5000年以上あったわけではありません。


満州国地図1

 日本列島は縄文時代から弥生時代にかけて大陸から多くの人が渡来してきたことは確かですが
日本の国内で融和して日本国を作っていった。渡来人の記録も残っていて、先祖が誰であったのか
わかるほどですから、大陸のように異民族に侵略されたことがなく、<日本人>としてまとまる
ことができたのです。韓国、中国はそういう日本の歴史がうらやましくてしかたがないので
対抗するために5000万年の歴史といいだすのです。 

 近代日本が登場するまでは、大陸や半島ではそのような歴史意識はなかったのです。
王朝が
変われば、前王朝の遺産をすべて壊して新しくしていくので歴史の連続性はそこで途切れてし
まっていました。 


 なぜ、韓国人は日本を目の敵にするのか? それは日本人が韓国人を作ったからです。日本人が
半島に行かなかったら、朝鮮史はおそらく成立しなかったでしょう。何故なら、日本のおかげで
大韓帝国ができたわけで、日本がいなければ朝鮮は大陸に吸収されてシナ史の一部になったはず
だからです。

 
 朝鮮半島に日本人がいくことで日本人ではない人達が朝鮮人、コリアン(高麗からネーミングされた)
だということになった。 日本が韓国を併合するまで朝鮮半島の人々には朝鮮人という民族意識も
ありませんでした。自分たちが何者なのかという自覚も、国家としての統一感もなかったので
李氏朝鮮は国でも民族でもなかったというのが本当のところです。 

 それは世界のどこでもそうでした。 宗主国に支配された地域がひとつの民族となる。それまでは
部族同志の対立があるだけで、国家単位になっていません。近代国家であるネーション・ステート
(国民国家)ではなかったからです。 国民国家自体が、18世紀にアメリカ独立戦争、フランス
革命によって誕生したもので、ひとつの国にひとつの民族がいるという国民国家という考え方自体が
新しく、ここ200年ちょっとのことに過ぎません。
 

 国民国家になってはじめて歴史が意味を持ってきます。 同じ歴史認識を共有することで国民が
形成されるからです
。朝鮮半島では、朝鮮民族が自らの力で国をまとめあげて近代国家を形成する
ことができなかった。 だから朝鮮史を自らつくることができなかったのです。
 
 明治以降、日本では自国の歴史を古事記、日本初期までさかのぼって再編します。明治維新に
よって、日本人は今日まで続く歴史意識を獲得していったのです。 さらに日本人は満州史
朝鮮史、モンゴル史を研究。 明治以降の日本の東洋史学者は満州語もモンゴル語も読め、
ハングルも研究した。 中国史や朝鮮史は日本人の東洋学者によって生まれたと言っても
過言ではないのです。 

 じつは韓国や中国がことあるごとに反日を言い出すのは、彼等の建国が日本の影響かで実現
されたからなのです。自分たちの歴史を振り返る時、いやおうなくそこには日本がかかわっている
ことを自覚せざるを得ない。 自ら近代国家を形成することができなかった負い目はいくら
経済発展しようがぬぐうことができません。経済力に自信がつけばつくほど、歴史の古傷がうずく
のです。
 
 北朝鮮と韓国は、実は38度線ではなく39度線を境界線として、民族の歴史が違っている
ようです。 詳しくは次回...  日韓併合の7奪説の前に、高麗という国を知っておくことは
非常に大事だという考えにいたり、脱線してしまいました。
 
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